Blindfold-奪う連中と密やかなる者たち------第一章──水の森

Blindfold-奪う連中と密やかなる者たち

水の森から抜粋

 隣町に着いたのは昼時も過ぎる頃だった。街道沿いに並ぶ飯屋の店内を探査して、一番人が少ない場所で下馬した。
 扉を開くと鈴の音が響く。
「いらっしゃい!」
 厨房の奥から明るい声が飛んでくる。それもわたしの姿を見るまでの威勢だ。Blindfoldだとわかればトーンダウンするのがお決まりの流れだった。
 客はわたしの他に一人しかおらずちょうど出て行くところだ。適当な椅子に腰掛け、店員が来るのを待った。
「珍しいね。Blindfoldを見るのは久しぶり」
 恰幅がよく、いかにもお母さん的な印象の店員が注文を聞きに来た。小気味よい音と供にテーブルに水が置かれる。
「鳥のマスクをしたBlindfoldを見かけなかった?」
「Blindfoldを見るのは久しぶりだと言っただろ」
 メニュー表を差し出してきたが、皮膚で文字を追うのは億劫で受け取らない。
「それは失礼。サンドイッチがあればそれで。なければ、適当な軽食でいい」
「あるよ。サーモン、ポテト、玉子、ハム」
「ポテトと玉子。ティは?」
「グリーン、ハーブ」
「グリーンで。砂糖もミルクもいらない」
「了解」
 コップに口をつける。水はよく冷えており喉を染みるように流れていった。思ったよりも乾いていたようで一気に飲み干す。すかさず注いでくれたので、また飲み干してようやく乾きは癒やされた。ホッとひと息つきながらコップを戻す。
「走ってでも来たのかい。疲れてるなら少し休んでいったら? 部屋はあいてるよ」
「結構」
「そうかい。断るにももう少し言い方ってもんがあると思うけどね?」
 しまったと思ったのに、更に間違えた。
「わたしは遠乗りの訓練もしているから平気」
「へえ。なんだか傲慢だねえ」
 完全に失敗した。気を悪くさせるつもりはないのに、どうしてこんな風にしか言えないのか。
「……急いでるの」
 店員は黙って席から遠ざかった。
 わたしを気遣っての言葉だろうが、素直に受け入れられない。
 Blindfoldと常人の間には常に緊張感が漂っている。常人がBlindfoldを思いやることは少ないし、わたしもどう接していいのかわからない。ギスギスした空気が常にわたしたちを取り囲む。
 食べたらすぐに発とう。先を急ぐのは嘘じゃない。
 しばらくして、先ほどの店員が無言でサンドイッチをテーブルに置くのをただ黙ってやり過ごす。
──ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないの──
 喉奥までせり上がる言葉を、どうしても口に出来ないまま、サンドイッチと一緒に飲み込む。その度に情けない気持ちがわき上がり、目頭に熱が籠る。
 気を逸らすためにこれまでの事を振り返る。まだ一日も経たない間の、目まぐるしい状況変化に頭がくらくらする。
 ボルスは連中に追われていると言っていたけれど、その連中から仕事を請負っているのだ。だったら、誰に追われているのか。見当もつかない。

 ティを最後の一滴まで飲み干したので席を立つ。テーブルには多めの銀貨一枚を置いた。これで機嫌を直してくれたらと思うけれど、かえって怒らせる気もしてどぎまぎした。
 席を立ったわたしに気がついて、厨房から店員が出てきた。
「あ……お金はこれで……おつりはいらない」
 店員の顔が銀貨を向くが何も言わない。多く貰って当たり前と思っているのだろうかと、下世話なことを勘ぐってしまう。でもこういったことはよくあるのだ。だからそんな風に考えてしまうのは仕方ない。そう誰にともなく言い訳し内心気まずい思いでいると、店員が紙袋を差し出してきた。
「おまけだよ。長旅なんだろ」
 不思議に思いつつ振動波で中を見ると、サンドイッチがいくつかはいっている。思わず弾かれたように顔を向けた。
「わざわざありがとう。追加分の支払いを、」
「おまけだと言っただろ。あんたたちはいつもそうだ」
 そう言いながら銀貨をつまみ、かざすように眺めた。
「この銀貨一枚稼ぐために、あんたは危険な仕事をしたんだろう。命がけで稼いだ金を簡単に施すんじゃないよ。おまけの分をいれたっておつりがたくさんでる」
 店員はまっすぐわたしに向き直り微笑んだ。
「人の好意は素直に受けるべきなんだよ。Blindfoldだって受けていいんだ。覚えておきな」
「……本当にありがとう」
 思ってもみない親切にそれ以上返せなかった。礼のほかに言葉が浮かばない。
「お代は最初の注文のサンドイッチとティ分だけでいい。おつりを持ってくるからちょっとだけ待ってな」
 店員はすぐに戻り、わたしの両手をとった。つりを乗せて優しく握りこむように掌を重ねる。
「あの……さっきは素っ気ない言葉を返してごめんなさい」
 ようやく言えた詫びに店員は満面の笑顔になった。そして柔らかい掌でわたしの頭をくしゃくしゃ撫でる。
 いつか、わたしたちを取り囲む見えない壁が消えるといい。大切なものが体に行き渡るのを感じながら、祈りにも似た願いが胸の内から沸き上がった。
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